自分の身体とつながる(鶴見区 Nさん)

鶴見区 Nさん 30代女性

 

野口整体のことを知ったのは、8年ほど前のことです。私はもともと「自分の身体感覚に対して鈍感である」という自覚がありました。そのためか、身体がつらくても倒れるまで無視して働いてしまうことや、やりたくない仕事でも「やらなきゃ」と言い聞かせて頑張り、結局はいい仕事ができない…といったことがよくありました。当時は体調を崩して仕事を辞めたばかりだったこともあり、ヨガや気功など東洋的な健康法に関心を持つ中で、野口先生の本に出会いました。

ただ実際に活元運動や操法を体験できる場所には、どうも足が向きませんでした。なんとなく道場然としたこわいところ、というイメージがあったからです。
8年越しで野口整体を実際に体験しようと思ったきっかけは、「自分のことがわからない」と痛感したことです。自分がどうしたいのかわからない。自分の身体が今どう感じているのかわからない。病気は何年も前に完治し仕事も順調でしたが、いつも疲れがとれず、大事な仕事ほど不安と緊張がつのり、実力が発揮できないことが多々ありました。自分自身の手綱を見失っているような心細さの中で、思い出したのが野口整体でした。

切羽詰まった思いで「野口整体 横浜」と検索して、最初に目に留まったのが『せい氣院』のウェブサイトです。それまで勝手に抱いていた「こわい道場」のイメージとは全然違って、サイト全体や写真から伝わってくる雰囲気がとても心地よく、「行ってみたい」と素直に感じました。

初回は身体を見ていただく時間を含めて、3時間ほどじっくりお話をしました。朝比奈先生がとても話しやすく、ずいぶんいろいろなお話を聞いて頂きました。特に印象に残っているのは、先生にいわれた「自分の力を発揮して十全に生きる」というお話です(言葉遣いは少し違うかもしれません)。自分は今より強くなるとか、すごくなる必要があるわけではなく、どんなときでも自分らしくのびのびと楽しくやれればいいんだ、と目からうろこが落ちたような思いでした。

かゆみや下痢も、身体がゆるんでいく過程

はじめは身体の状態を先生に見ていただいても、正しく座る姿勢を教えていただいても、まったくピンと来なくて、情けない気持ちになることもありました。それでも先生の問いかけを糸口に、今の身体の状態がいつ・何をきっかけに起こったのか、1〜2週間の生活を振り返りながら身体と向き合う時間は、毎回とても密度の濃い時間でした。一回で身体や気持ちがすごく軽くなることもあれば、そこまで実感がないこともありましたが、3ヶ月、半年と続けていくうちにたしかな手ごたえを感じるようになりました。

まず身体の不快な症状の捉え方が変わってきました。「下痢をしている時は体がゆるもうとしている」と教えていただいてからは、体が回復しようとする正常な働きなんだ、と思えるようになりました。また少しずつですが、強いストレスなどを感じた後「このあたりが偏っているな」と自分の状態が感じ取れるようになりました。そうやって日々、自分の身体と向き合うことが、今は何より面白いです。

たとえば私は以前から、じんましんや虫刺されなど皮膚の痒みに悩まされることが多く、身近な人たちから「いつもどこか痒がっている」と言われるほどでした。それもほとんど足・脚ばかりに集中して出ます。ある時、海外出張で足〜脚にかけて何箇所も蚊に刺され、かなり腫れたので先生に見せたところ、「固くなったり縮んだりしているところが刺されやすい。しっかり掻いてください。」と言われました。それまでずっと「痒くても掻いてはいけない」と思っていたので、びっくりしました。そういえば出張中、移動が多くて気が張っていた最初の一週間は何事もなく、ホテルに落ち着いた次の一週間で下痢が来て、一気に蚊に刺されたのを思い出しました。こうした症状も「ゆるんでいく」作用の一つだったのかな、と思いました。

働き方や人間関係にも変化が起き始めた

また、先生に「頭を使いすぎて甲高になっている(靴がきつく感じる時、正座をすると痛い時など)」「“地に足がついていない”時は、実際に脚の後ろ側(アキレス腱やハムストリングス)が縮んでいる」といった指摘もよく受けます。昔から頭でっかちな人間だと自認していましたが、普段から言葉を扱う仕事をしているため、どうしても頭ばかり働かせて腰から下がおろそかになるようです。そこで椅子に座る時、なるべく坐骨を意識して坐ることを心がけるようにしました。緊張やプレッシャーで浮ついてしまうときは、特に気をつけて座るようにしています。また年間の3分の1は旅暮らしの上、複数の家や事務所など拠点が分散していて落ち着きのない生活だったのを、1カ所の自宅兼事務所にまとめました。

そのうち先生に「腰がしっかりしてきた」と言っていただき、自分でも「大事な場面で力を発揮できた」「以前なら動揺して失敗していた場面でも自分らしく振る舞えた」と感じることが増えてきました。少なくとも自分で「失敗した!」とくよくよ悩むことが少なくなり、「誰にどう言われようと、私は満足」と感じられることが増えてきました。そのせいかわかりませんが、よい成果が出せ、評価もいただけるようになってきました。

ですが一番大きかったのは、家族との関係の変化です。母と私を含む姉妹は長年、父から言葉の暴力や精神的な抑圧を受けてきました。でも反抗するともっとひどいことになるので、みんな我慢して従っていました。野口整体を始めて10ヶ月ほど経った頃、家族間の揉め事があり、私が仲裁することになりました。その時初めて、怒って怒鳴ったり脅したりする父に対して、感情的にならないでほしいこと、父の振る舞いが家族を長年傷つけてきたこと、父の意見の間違っている点・正しい点、自分の意見や気持ちなどを正面から、しっかりと伝えることができました

その直後に、指導を受けに伺った時のこと。まだ何も伝えていないのに、先生がちょっと驚いたように「腰がまっすぐ立って、ずいぶんしっかりしていますよ。」とおっしゃったので、びっくりしました。身体がしっかりしてきたことで心の持ちようや行動が変わり、自分の情動を活かして行動できたことで身体に変化が起きたのかもしれません。身体、心、行動(生活など)は全てつながっていて、互いに影響し合っていることを実感した出来事でした。

自分自身と向き合う、かけがえのない時間

今は約2週間に一度、指導を受けています。せい氣院の扉を開けた瞬間から、日常生活とは時間の流れが変わるような感覚があります。空間全体のもつ空気がりんとしていて心地よく、心身ともに静まるような、清められるような感じ。2週間に一度ここを訪れるだけでも、私にとってはかけがえのない時間です。

指導中の心の中は、しんと静かになるときもあれば、激しく動揺するときもあり、毎回まったく違う体験です。先生はいろいろな話をしてくれることもあるし、あまり多くを語らないこともあります。愉気を受けている最中は頭が休んでいることが多いので、言われた言葉はその場ではすぐ理解できません。わからないまま持ち帰って、心の中に留めて日々を暮らしていると、ふと「あ、先生が言っていたのはこれかも」と腑に落ちたり、「あ、あのとき言われたことを試してみよう」と思い出す瞬間がやってきます。

すると体験と共に、ようやく先生の言葉が自分の中に入ってきます。「あ」と思った瞬間に、きっと身体に何か変化が起きているのだと思います。そういう意味で、整体指導はせい氣院での2時間で終わるのではなく、暮らしの中まで続いているのだと思います。
そしてまた2週間後、先生に導かれながら、自分の身体の変化と向き合います。このプロセスが、とても面白いです。なぜ野口整体を続けているのか?と訊かれれば「面白いから」と答えます。野口整体、そしてせい氣院と出会えて本当によかったと日々感じています。

野口整体による身心の変化(横浜市 Mさん)

横浜市 Mさん 40代女性

 


せい氣院に通う前は、長年の身体の痛みやさまざまな不調、数年来の腰痛に悩んでいました。病院や治療院に頼るだけではだめだと思い、愉気や手当てでセルフケアできそうな(と私の目には映った)野口整体を選び、ネットでせい氣院を見つけて必死の思いで飛び込みました。

申し込み時に書いた長年の不調は読み切れないほど長く、先生に自分の辛さを一生懸命訴えた記憶があります。また、思春期からいろいろ問題を抱えた息子のこともご相談したら、「あなたが変わっていけば家の中もいい方向に変わっていきますよ。」と言ってくださいました。

整体指導を受けはじめて

初回の指導後すぐ、ずっと悩まされていた腰の違和感が少し消えて希望が見えたものの、指導中に体を動かす(活元運動がよく出る)ので翌日以降の体がつらく、またちょうど忙しい時期で思うように通えず歯がゆい思いもしました。きちんと正座をすることが大切だと教わったので、日常生活にも正座を取り入れました。

具体的には、朝起きた時に正座をして気持ちを落ち着けたり、テレビを観る時にも正座をよく意識したりしました。

数回目の指導中のある瞬間、今まで感じたことのない、温かくすっぽりと包まれるような、過去の自分が少し許されたような、安心感を感じたことがありました。私は人見知りするところがあって、指導前後はいつも緊張していたのですが、その安心感は私の身体に残って時折よみがえり、印象的でした。

その後も日常生活でさまざまな体調不良(脚が痛くて歩けない、朝起きられないなど)が続き、「なぜだろう?治したい。」と思うことも多く、状況的には手探り状態でしたが、全体的に見て以前より確実に元気になってきている、体力が付いてきていると感じていたので続けていました。

始めて7カ月ほどたった頃、下痢と胃腸の不調が長引き、セルフケアをしても治らなかったので先生に報告しました。先生は自分で行なったケアの内容について、「その方法は素人が一人で行うのは難しい、間違った理解はよくない。」と言われました。私は下痢の時の腹痛やその後の胃腸不良に長年悩まされてきたので、それを治したかったのですが、先生は「下痢を止めたいと思っているのだったら、指導を受けないですぐ帰った方がいい。」と言われました。

もちろん指導を受けて帰りましたが、その日は私もそれまでになく自分の本音で話してぶつかって、いろいろと考えるところがありました。そのやり取りの中で動揺し、数日間は自問自答を繰り返しました。

朝比奈:野口整体は病症を「治す」技術ではなく、身体を整えて自然に経過するのを「待つ」行為です。身体に現れている病症を「止める」ということは自然治癒力による経過を打ち切ることとなり、本来の「治癒」とは違う結果(身体)になってしまいます。

このことで自分の覚悟を試されたような気がして、もっと真剣に「野口整体」に取り組み、先生にも遠慮せず納得いくまでぶつかっていくべきかもしれない。今までは体調不良が起こると、ネットで対処法を調べて情報の正誤も確かめず鵜呑みにしてきましたが、そういう態度では自分の変化が望めないのだと思いました。

「不調が起きたら愉気や足湯などのテクニックを使って自分で治す」ものだと考えていた野口整体の本来の目的は、「病気になっても自己(自然)治癒力が発揮され、病症を経過して自分で治る敏感な身体になること」で、そのために愉気や活元運動があるのだということが、この頃に解り始めました。また、それは治療ではなく自己鍛錬であり、私が先生から学ぼうとしている「道」なのだ、とも思いました。

ずっと前から先生は私にそうおっしゃっていましたが、頭ではわかったつもりでも本当の意味では理解していませんでした。この日の指導がきっかけで野口整体への理解が深まったので、後から振り返るとこの一連の出来事は大切な転機となりました。

またこの時に、先生が「下痢は感情のお掃除だ。」とおっしゃった言葉にも心当たりがあり、その後下痢を悪いものと捉えず自分の身体が必要とするから起こるのだ、と思うようにしました。ある日下痢の後寝込みながら、じいっと自分の身体に注意を向けていると、ゆっくりと息を吸いたくなり、だんだんと息が深くなり、背骨を後ろに反らせたくなり、胸が開き気持ちがよくなりました。そうか、私の体はさっきまで縮こまっていたんだな、こんな状態になりたかったんだな、それを教えるために下痢をしたんだな、と素直にそう思えました。その後も何回か繰り返すうち、ずいぶんすっきりと経過できるようになり、おまけに下痢をした後の胃腸の不調の期間も気付いたら短くなっていました。

指導開始から約一年後に風邪をひいて、15年ぶりくらいに38度5分の熱が出ました。頭も痛く体も相当辛かったのですが、この時に困ったことは「野口整体=薬はだめ」という私の誤解が頭から離れなくなったことでした。薬を飲まないと熱が上がりすぎて大変なことになるんじゃないかという不安と、薬を飲むことへの罪悪感に引き裂かれ、先生に電話してしまいました。先生は落ち着いて話を聞いてくださり、「何が何でも薬を飲まないほうがいいという訳ではない。」、「ご自身で様子を見て、必要だと思ったら飲まれたらいかがでしょうか。」と言ってくださいました。お話したことで随分落ち着き、電話を切りました。そのあと急に過去の後悔が溢れてきて、普段言えないようなことを家族に謝ったりして、それも不思議な体験でした。

熱が下がった後にしみじみと思ったことは、「何が何でも薬を飲むべきでない。」なんていうのはおかしな考えで、薬が必要な時だってあるということでした。なんでそんな当たり前のことが判らなかったんだろう、と思いました。またこんな風に「薬を飲まないという考え」に固執することは、「身体の要求」を重んじる野口整体の思想とは対極にあるものだとも思いました。

風邪は長引き咳がひどくなったので結局病院にはかかりましたが、抜けた後はすっきりして、久しぶりの本気の風邪でいろんなものが排出されたような気がしました。

朝比奈:「野口整体」というものに対して、こちらのMさんのように「薬を飲まず、医者にも掛からず」という変わった思想(信仰?)という印象を持っている方が時々いらっしゃいます。たしかに、身体感覚が細やかに発達することで、医薬に頼らない生活を実現できますが、「薬を飲まないことが目的」ではありません。自分の身心(生命)に信頼を持てるように、「病気は医療が治すもの」という常識から自然と離れていかれるのです。またそれは無理やり「そう思い込む」ことでもありません。身体にすっかり沁みついて「あたりまえ」になるまで繰り返し繰り返し個人指導や活元指導の会などで体験を増やすことが肝要です。

気づくと、初期に悩まされた指導翌日以降のしんどさはずいぶん減り、翌日にも普通に動けるようになっていました。

その後、前回から今回の指導の間に起こった不快な出来事を、指導前に話す時間をとってくださった時期がありました。元来自分の感じたことを書くのが好きな私は、何か起きるたびに熱心に記録しました。おかげで「あの出来事が起こったから、私の身体がかたよっているんだ。」ということには気付けるようになりましたが、記録して不快を反芻し、先生に話すためにまた反芻し、余計に憂鬱になるというジレンマに陥りました。そのような行きすぎた不快探しが自分にとって辛くなっていたことに気付き、徐々にこだわりすぎるのはやめました。今振り返るとこの経験も、「快、不快の感覚」に身体で気付く訓練になったのかもしれないと思います。

その後も、日常生活で起こった問題を聞いていただきながら活元運動を続けているうちに身体が柔軟に動くようになり、以前のような痛みや怖い感じも減っていきました(活元運動の最中に出るストレッチがはじめのうちは痛かった)。指導後の正座も少しずつ上手くできるようになり、正しく座れた時は、下半身がどっしりして上半身の力が抜け、何も考えない状態になることができました。

またこの頃、腰痛で中断していた山登りに4年ぶりに行き、当日は腰痛が出たものの、その後は少し筋肉痛が残った程度で普通に過ごせました。一時期「もう山登りはできないかもしれない」とさえ思った私が、この時ブランクを気にせずに行けたということは、自分がさほど腰痛を気にしなくなっていたことの証で、私はいつの間にか自分の意識が変化していたことに驚きました。またこの経験で、自分の足腰が丈夫になったことを強く実感しました。

またある時期に、先生が「事実」と「思考」の違いについてお話されることが増えました。「事実」とは自分と、目の前に広がる世界のことで、そこに色々な思いをくっつけてあれこれ思い悩んでしまうのは、みんな「考え」の世界なのだと言われました。その思考の世界に囚われて、そちらの方を実態だと思ってしまうから苦しくなるというお話です。最初はおっしゃっていることの意味がわからなかったというか、「当たり前のことをおっしゃっているなあ。」と感じましたが、それはその言葉の本当の意味を私が理解していなかったからでした。

ある日、自宅で悩み事に囚われていた時、「今私の頭の中にある悩み事は、私の思いが作り出した〈考え〉なんだ。」と気付き、その途端悩み事がすっと消え、同時に肩甲骨間の力が抜け、目の前の景色がパッと目に飛び込んできて(それまでも景色は見えていたのだが、より色が濃くなりダイレクトに目に入ってくる感じ)、身体の感覚(特に腰や背骨)がしっかりと意識される、という瞬間が訪れました。

それはあっけなく訪れたけど、「ああ、こういうことだったのか。」、という感覚でした。さっきまで悩みの最中にいた私は、憂鬱で何となく視界も狭く体も重かったけど、悩みから解放された途端、気分が晴れて身体の気持ちよさが実感されました。またこの時に「実は私は、元から〈健康〉だったんだ。」と自覚できた瞬間でもありました。

現在の身心の状態・これからの目標

指導を受けた年月を振り返る中で、自分の人生について改めて色々なことに気づきました。指導開始時に切々と訴えた長年の不調は、体のつらさであると同時に、「私はこんなにつらいんです、なんとかしてください、助けて。」という心の叫びだったのではないか…長年たまりにたまった、吐き出すことのできなかった感情や、子育てに対する不安や後悔や自責などが私の体を緊張させゆがめて、その結果体調不良を起こしていたのではないか…その体調不良に対して過剰に不安になり、さらに悪化させていたのではないか…。

特にここ数年、腰痛に悩んでいる時の私は、腰痛自体はだいぶ良くなってきた後でも自分が「健康」だと思えず、半病人のような気がしていました。一生、腰痛を気にして囚われて生きていかなければならないのか、自分の体調を案じて庇いながら生きていかなければならないのか…そのことが耐えられないと思う一方、同時に仕方ないとどこかであきらめかけてもいました。自分で自分の身体(=生命)が信じられない、ちゃんと生きていない状態でした。でもある時、身体の深い部分で「そんなのおかしい」と気づき、「もう腰痛から卒業しよう」って思えたから、野口整体にめぐり合えたような気がします。

整体指導では、「活元運動」や「型としての正座」の訓練などを通して、身体を整える鍛錬を行いました。活元運動の後の、「何も考えない」、「ただそこに在るだけ」の状態は、野口先生がおっしゃるところの「ポカンとした」状態なのかなと思い、その清々しさは格別のものだと感じます。正しい正座ができたときの、どっしりとした下半身と脱力した上半身の感覚を習慣化していけたら、多少のことには動じずに生きていけそうです。

また先生との会話は自分と向き合う作業でもあり、自分の姿や考え方の癖が客観的に見えてきました。今までの自分はいろんな事情があり、苦しかった、寂しかった。自己肯定感が低く、自分を表現するのが怖く、自分の殻に閉じこもっていた。また自分の頭でものを考えず、物事を正しく理解しようともせず、中途半端な知識やマニュアルに頼っていた。主体的でなく、受け身の姿勢で生きてきた。などなど。

中でも特に、夫との関係を直視できたことは重要な出来事でした。同じような状況でいつも繰り返される言い争いや違和感の、本当の正体。自分をさらけ出すのが怖くて呑み込んできた複雑な気持ち。指導の中で浮かび上がってきたそれらを、時には冷静に、時には勇気を振りしぼって混乱しながらも伝えてみて、自分の気持ちを率直に伝えることは人間関係を築く上でとても大切なことだと感じました。また家族がバラバラに感じられるのが長年の悩みだったので、「私はきちんとした家庭を育みたい。私たちは家族なんだからお互いを大切にしたい。そのために目の前にいる人にきちんと向き合ってほしい。私も努力するからあなたにもきちんと役割を担ってほしい。」と夫に伝えたら、受け止めてくれたようでした。息子たちもまだまだ未熟な部分はありますが、徐々に成長していると感じており、また以前より家族で親密に過ごせる時間が増えたことは私にとっての大きな喜びです。

朝比奈:この頃(指導を受け始めてちょうど一年くらい)のMさんは重心が骨盤までしっかりとさがり、呼吸が深く安定してきたように見えていました。重心がさがることで頭が休まり、落ち着いて話し合うこと(本当の対話)が出来るようになった、という「実体験」を語っていらっしゃいます。

腰痛を治すために始めた野口整体は、身体の状態の改善だけでなく、精神的にも大きな実りをもたらしてくれました。野口整体を実践する中で、自分の中には大きな力があることに気づいたし、その使い方は自分の意志で決めるものだと思います。また他の人にも同様に「内なる力」があるのだから、その力を信じたいと思います。自分の力を信じて生きていけるということは、無限の可能性が感じられ、こんなにも晴れやかな気持ちなのですね。

今ようやく、正しく座り、日々起こる不快情動を全身(特に下半身「腰・肚」)で受け止めることができるようになり、不快な感情に翻弄されない、自立した身心のあり方に気づいたと感じます。

今後はさらに身体感覚を深め、自分の内なる要求を感じてすぐに行動できるような生き方を実現していきたいです。

「逆子」34週と4日の朝、突然くるん!と回転しました(川崎市 Aさん)

32週から逆子になり、当院へお越しになられたA(川崎市)さんの体験談です。

私が朝比奈先生に初めてお会いしたのは妊娠33週の始めのころです。32週と3日に、かかっている助産院で、「逆子になっている、35週までに直らないと帝王切開になってしまう。」と言われ私は、自然分娩を希望しているので何としても逆子を直したい一心でいました。

それまで野口整体に興味があり、読んでいた『育児の本』の中の逆子の話ーおへそと背中に愉気(野口整体の気の手当て)をすると逆子がくるんと直る、を思い出し、これだ!と 藁にもすがる思いでインターネットで見た先生のところに電話をしました。

最初の電話でその旨を伝えると、今まで見てもらっていないし断られるかもと思ったのですが、先生は「直接話を聞き体を見てみましょう。」と快く言ってくださり安心して初診に伺いました。

伺ってまずお花とお香の香りでいっぱいの畳の部屋と、その中での先生の整った立ち居振る舞いと静かな話し方で落ち着くことができました。ひととおり問診のように話をしたあと、背骨を見、頭からつま先まで見ていただきました。そのとき先生は私の背後で「ふんふん‥なるほど」と何回かささやいていて、私は何か見透かされた様な感がありどきどきしました。

2回、3回と回を重ねる毎にどうやら自分の中に溜まっていたもの(ささいな悩みや大きな悩み、体の癖、性格)が体に出ているようで、先生の施術を受けながら、お話をしたりする事でそれらがひとつずつクリアーになっていきました。

3回目以降ぐらいから整体が終わるとものすごい解放感とゆるみに包まれ、お腹の赤ちゃんもぐるぐる元気に動き回っていました。(先生がお腹に愉気(手当て)をされると本当にびっくりするくらい赤ちゃんが動きます!)日に日に頭に角が生えていたのがおさまり精神的に落ち着いていき、毎日の散歩で腰がどっしりとしていき、 毎朝の足湯のおかげで足の冷えが取れていくのが自分でもよく分かりました。

赤ちゃんとよく話し、動きを感じて生活するようになりました

逆子体験談先生は一貫して、逆子の赤ちゃんだけを見るのではなく、赤ちゃんと一体の母体とともに見て頂きました。骨盤や仙骨など、お産に重要な骨の調整はもちろんですが、背骨をしなやかに腰を鍛えること、そして何より、赤ちゃんをひとりの人間として話しかけ接してあげることが大事だということをおっしゃいました。

実際に先生の赤ちゃんに対する接し方がとても優しいので、そんな先生のしぐさも含めて全部が良い勉強になりました。私にはそれまでお腹の赤ちゃんを、ひとりの人間として実感する事ができていなかったように思います。そして私の主人もそうでした。それから、私も主人もいっしょになって赤ちゃんとよく話をして手のひらで動きを感じて、生活するようになりました。

そして、逆子ですが、34週と4日の朝、突然くるん!と回転しました。私も家族もあまりの嬉しさに涙しました!そして40週と4日に無事に、自然分娩で出産する事ができました。起き上がりの時期も、野口整体にならい左右の体温が揃った時に行いました。その後骨盤も問題なく、体調も調子が良いです。

体の感覚を研ぎすまし、「信じ続ける」こと

先生の整体に出会って、私は精神と肉体が表裏一体になって自分を動かしていることを本当に感じました。

逆子が直り無事に安産できた事は本当にありがたい事で、(妊娠中ずっとお医者さんから早産(になるよ)と言われ続け、安静(の指示)と張り止めを処方されていましたが、私には違和感があり反対によく動き回って、張り止めも飲んでませんでした‥。)

体の感覚を研ぎすまし、「信じ続ける」ことが良い結果につながったのだと思います。

先生は難しい事も言いますが冗談も良く言うし、すごく物腰が柔らかくて話しやすいので私は毎回安心して楽しんでいました。今は子育てに一所懸命で頻繁に伺う事はできませんが、自分の将来や子どものために愉気や活元運動ができたらいいなと思い勉強していきたいと思っています。

自宅で安産できました(大田区 Kさん)

東京都大田区 Kさん

 

私はせい氣院に2度救われました。

妊娠9ヶ月目の時に、右骨盤や股関節が痛くて、骨盤ベルトをして杖をついて歩いたり、途中で歩けなくなる恐怖からタクシーを使っていて、不安な日々を過ごしていました。

助産院でせい氣院を紹介いただき、朝比奈先生に診ていただいたところ、数日後には何の補助具もなしにスタスタ歩けたり、階段の昇り降りができるようになってビックリしました。

そうしていい気になって油断したせいか、臨月になって右足首をねんざしてしまいました。助産師さんから「ねんざは骨盤がお産の準備をするのを妨げるから、あなどれないよ」と言われ、暗い気持ちになりました。

朝比奈先生に伝えると、すぐに処置した方が良いと仰り、その日の晩に自宅まで往診に来てくださいました。おかげで2日後には2時間散歩で歩けるくらいになり、ビックリしました。なぜなら普段は完治するのに1週間以上かかっていたからです。

また、先生は体を診て心の状態がよく分かる方です。エネルギーが発散できてないね、とか、何か不満がないか?食べ過ぎてないか?など、自分でも気付いていなかったことまで含めて、ズバリ言い当てられます。

あまり自分の気持ちを感じて伝えることの得意でない私も、お産前は気の済むように伝えて体を整えよう!と思い切って夫に相談し、行動したこともありました。おかげさまで全てが良い方向に向かい、無事に自宅で息子を出産できました。

産後、骨盤が閉じるタイミングで愉気や操法をしていただいて、順調ですねと言われたときは本当に嬉しかったです。

先生は心が良くなれば体が良くなり、体が良くなれば心が良くなることを教えてくださり、自分でもそう感じました。
先生の腕が凄くて治ったというよりは、自分の体に治る力があるのだと常に言われました。痛みも熱も、治るために存在していることを体験しました。
自分の体は心と同じなのだ、本当に大切にしたいと改めて感じました。

腰痛で気づいた無意識の怒り(神奈川区 Oさん)

神奈川区 Oさん 30代

 

私がせい氣院へ通うようになったのはヨガで仙腸関節を痛めたのがキッカケで、服の脱ぎ着もままならない状態だったので、早く普通の生活をしたい!という一心で予約をしました。

お香の香りのするお寺のような静かなお部屋に入り「仙腸関節なんてよく知ってますね」と穏やかな口調で話す先生にお会いして、とてもほっとしたのを覚えています。
和やかな雰囲気のなか、普段のライフスタイルや近況等を話し、施術(整体指導)がはじまりました。

背骨を丁寧に観ていただき、「なるほど」と先生がつぶやくたびに、何がわかったんだろう?と、私の頭の中には?がたくさん浮かびました。
先生が私の背骨を観察してまず教えてくれたのは、心と身体の関係についてで、 仙腸関節が痛む前にはまず背骨が固くなり、その状態で無理にポーズをとろうとして負担がかかり、怪我としてひずみが表面化したとのこと。

私は野口整体の体癖で言うと8種らしいのですが、端的に説明すると勝ち負けの世界にいつも生きている種(?)なようです(まだまだ理解は浅いかもしれませんが)。
怪我をした当時はまさに仕事で苦手なクライアントと仕事をしているまっ最中で、いつ相手を言い負かそうかと「無意識に」作戦を練っている時でした。
そういった一連の精神状態が骨盤を固くし、ヨガで無理やり伸ばそうと(伸ばしたくなって)ポーズをとった瞬間、激痛として体からメッセージをいただいたようです。。 これにはあんぐりというか、体の癖と精神構造が関係していることに、面白い!と「野口整体」に興味がわきました。
そして、先生が「何故そうなったのを考える」と言っているのはこういうことなんだな、と思いました。

そんな私の身体に手を当てて、ストレッチのような動きでみるみる軽くしていく術は本当に不思議でした。そしてとても気持ちがいい!一回目の施術(操法)が終わったとき、肩がとても軽く、自然で心地好い状態を体感しました。
パソコンの仕事で姿勢が悪くなりがちなので、この状態を忘れてしまいそうだと言ったら、先生は「何回か体感することで体が覚えるから大丈夫ですよ」、と言っていました。その後、数回通って仙腸関節はすっかり元通りになり、もう次回の予約はいりませんよ、と言われた時はちょっとさみしかったです。(笑)
今はリラックスしたいとき、仕事で体が固くなったときにお世話になっています。毎回自分の内側が体を通していろんな角度から見えてくるのに「なるほど~」の連続です。怪我を治すためではなく、からだから学び、自分自身を育て、人生の可能性をひらくための野口整体に出会えて本当によかったと思っています。