せい氣院

体癖各論 前後型(五種・六種)

動作の基柱

腰椎5番:呼吸器型

体型

五種は肩が大きく張っているため、上半身は逆三角形に発達していく。いわゆる鳩胸であり、女性の場合は乳房が大きい。立姿でも座っていても前屈傾向がある。首が前に向かってについて、顎の先端が突き出ている(唇から顎の先まで距離がある)。胴体が短く肘から先、膝から下が長い(男女ともに欧米的なモデル体型)。年を取ると前屈傾向はさらに濃くなる。

六種は肩が前に巻いて、やや猫背気味になりやすい。煙のような、幽玄な立姿をとる。

体質

呼吸器が強いために常に前傾姿勢で行動する構造になっている。五種にとって生きることは「前に進む」ことと同義であり、じっとしていると眠ってしまう。「現状維持は後退である」「前進あるのみ」などというのは五種の言葉である。ランニングを主体とするスポーツ全般に向いている。

立ったまま視線を下げる時は手をお尻の方に回して組む。もともと前傾しているので、前にのめらない様にバランスを取るためである。

静かなところでは頭が働かない。音楽がかかっていたり、動画を流したりしながら勉強や仕事をする方がはかどる(観ていなくても内容が頭に入っている)。子どもの場合はまず運動させてから勉強をさせるとよい。(捻じれ型は勉強した後で暴れされてエネルギーを鬱散させておくと体をこわしにくい)。

六種はエネルギーが余ると肩に力が入りながらも、行動せずに意識がカッカしてくる。また呼吸器の不全感を補うかのように、細くて胸が薄いわりによく食べる。

五種の髪質は直毛。禿げる時は頭頂部から薄くなってくる。六種の髪は細い。

性格・感受性(利害得失)

快活、明朗な印象を与える人が多い。女性の場合はいわゆるクール・ビューティーである。自動車が趣味の男性が多く、外形や機能性に対する興味が強いが色調などにはあまり反応しない。(⇔三種は色に敏感、形に鈍感)

合理性を重んじ、数値的な整合性が取れなければ実行に移さない(自然科学は五種的感性の産物)。もう一つ、合理主義だが熱くもなる(本当の意味で「冷静」に見えるのは一種。一種にも感情ははたらいているが意識に登りにくく、また行動化しづらい)。

たった一つの正解を割り出すような物理学、数学(自然科学)をやる人は多いが、目的がはっきりしにくい思想哲学や文学(人文科学)の分野にはあまりいない(こちらは上下型の領分である)。

また五種タイプの人の中には「絵」が描けないという人がいる。「図工の時間に何をやっていいのかわからなかった」と言った人もいた。絵画や造形芸術は苦手だが、音楽の世界にはよくいる体癖である。メロディーや音色よりもリズムやビートに反応しやすい。

利害や損得に敏感であるため数字に強い。経営上の決断なども情やしがらみに流されずに行なえる(大鉈を振るうのは捻じれ型の七種、五種ならクールにテキパキ片づけられる)。レストランのオーナーシェフや急進的に成長を遂げた会社のリーダーはたいてい五種タイプである。

前屈する体勢が行き過ぎると過剰に自利的になる。そうした自利的行動のもとには欠乏観や不安がある。自社の製品を売るために他社を貶したり、出し抜いたりすることくらいは当然の競争原理と考える。また不正に対して「わたしではなく秘書がやりました」などと咄嗟に言ってしまうのは、ズルいのではなく前屈体勢に随伴する生理的反射運動である。これが捻じれ方であれば自分の隣で起きたことにはみんな責任を感じて余分に汗をかく。「見て見ぬふりは出来ぬ」などと言う義侠心は捻じれ気質である。

論理的で周到な言い訳をするが、自分では正当な反論や抗弁であると思っている。他人の言い訳には腹が立ち、厳しい態度で叱責する。自分がしょっちゅうやっているためである(ユング心理学でいう影の投影)。

数値の高い方、勝った方のやり方が正しかったと考える(結果オーライ)。九種の場合はどのような結果を得ても、「何故そうなったのか」という探求心を失わず、そこに至った過程や内容を重んじる。「試合には勝ったが内容では負けていた」、などと反省するのはみんな九種の人である。五種は終わったらすぐに次のことを考え、取り掛かっている。

視野を常に外へ外へと広げていく(冒険心)。知識でも利得でもできるだけ遠くまで出かけて行って、大量に獲得して来ることを良しと考える。十六世紀以降に起こったヨーロッパの航海術の発展や、アメリカ大陸への進出などは五種的感性の具現行為と考えてよい。またその背後にはやはり絶え間ない欠乏観や不安がある。(⇔九種は外界への関心が薄く、むしろ自分の足元を深く深く掘っていく=江戸時代までの日本的感性)

フロンティ精神により建国されたアメリカの国民気質は五種的傾向がつよい。そのためか日本人でも「アメリカではこうしている」などとその行動様式を好意的に評価している人を見ると五種タイプの人であることが多い。

心のはたらきは常に外に向いているために、自分の内面的な問題に取り組む、ということは苦手としている(五種は「うつ」に弱い)。そんなことは意味がない、そんなことをしている暇があったら利益を出す方に頭を使った方がはるかに得だと「考える」。また「よくわからないもの(不合理なもの)」に弱い。例えば「もしかしたら〇〇病かも知れない」などと聞くと途端に萎れてしまう。そして病院の診断で何も見つからないと余計に不安になる。

流行に敏感である。新商品、新メニューが出た時には先ず買ってみる(九種は最後まで買わない)。日本史上では、鉄砲・キリスト教・甲冑、洋酒など舶来ものを好んでつぎつぎ活用した織田信長の行動は五種の典型である。

整理整頓が得意。収納が不合理であったり、散らかっていることがいやでしょうがない(⇔三種は散らかっているのが「普通」であり、そこに心地よさを感じる)。

五種六種ともに背広が良く似合う。またピタッとしたシャツやパンツを好んで身に付ける。

人付き合い

明るく、広く浅く付き合うことができる人が多い(社交的)。会社のような労使関係や利害中心のコミュニティでは花形的存在となり、存分に力を発揮できる。

贈り物は高価なものや、商品券のような実利的なものをもらうと理解できるが、「寄せ書き」や「千羽鶴」のような気持ちが主のものはまったく嬉しくない(ひどい時は送り主が出費をケチったとすら考える)。自分が贈るときは渡すものの原価を計算し、それにふさわしい見返りがあるのかどうかを無意識に計算する。

五種の男は三種の女性に惹かれやすい。しかし整理整頓が好きな五種に対し、三種は片付けができないなど同じ家で生活するといろいろな問題が出てくる。

生き方(職業)

何かにつけて先進的気質や合理性を求められる先進国の文明社会にあって五種は有用な体癖といえる。

目立つこと、人目につくことをどんどんやっていくので俳優やプロスポーツの世界にも五種は多い。指先が技巧的によく動くため、ギタリストやピアニストにも五種はよくいる。

何でも「上」を目指そうとする。会社なら収益を上げて上のポストに就く、スポーツなら記録を出す、登山なら世界一に山に登るなど直線的な目標を好む。

五種は決められたレール(既存の価値観)の上を走るのは得意な反面、目的のはっきりしない形而上的な哲学や芸術方面にはあまり見られないタイプである。

これと対照的に六種は漠としたものや神秘的なものに惹かれやすい。高い理想を掲げて特定の思想や価値観に狂信的になったり、利害や危険性を認めながらも「なればこそ!」と思い切った行動をしてしてしまう(英雄的行動に憧れやすい)。

疲労傾向と対策

五種の得意技は散財(時には借金)である。エネルギーが余るとバッとお金を使いたくなる。使うとそれで鬱散がついてまた稼ごうとする。

お金は持っているのにいろいろな事情で使えないとイライラ、ソワソワしてくる。例えば九種ならば「いいもの」が欲しいと思うと大抵高価なので仕方なく払うが、もし五種が100万円の腕時計を買うとしたら何故それを買うかうかというと「100万円だから」である。そして買ったということを人にも言うし、わざわざ人から見えるようにして使おうとする。九種は見えないところにお金をかけて、決して外から見えないようにし、むしろ見えるところは質素に見せようとする。

五種は前進できない環境ではすぐ「つまらなく」なってしまう。また静かなところに座らされると眠ってしまう。机に伏して眠れる(一種ならば決して取らない姿勢)。デスクワークがメインとなるなら、職場から自宅を離して車や電車で通勤をするのがよい。

くたびれたら運動によって鬱散することだが、特に外から言わなくても自分からスポーツジムの会員になったりジョギングをしたりして自然にバランスを取っていることが多い。

前後型が濃く表れている人物(敬称略)

五種
アイザック・ニュートン、宮本武蔵、福沢諭吉、マイケル・ジャクソン、北島康介、新庄剛志、大谷翔平(顔は三種)、中田敦彦、ドナルド・カーチス(アニメ『紅の豚』)
六種
ジョルダーノ・ブルーノ、吉田松陰、大杉栄、チェ・ゲバラ、白洲次郎、三島由紀夫、伊丹十三、尾崎豊、コムアイ

体癖各論