カウンセリングとは何か
対話の要求
ブログ、Twitter、line、YouTube…現代は誰もが情報を発信し、不特定多数の方々に届けることができるようになりました。
つい半世紀ほど前ならば「テレビに出て喋る」などと言ったら余程特別な職業にある人か、ごくわずかな確率に恵まれた人、もしくは余程の災難にあった人などに限られていました。これを思えば、社会の様相はこの数年で大きな変化を遂げたと言っていいでしょう。
実のところ、これほどに人は話したい、喋りたい、訴えたいという要求を胸の内に潜在しているようです。自分の思いや考えていることを「誰かに話す」ということには、それだけで何か心理的な快感が伴うのかもしれません。
ましてや自分の持っている価値観や訴えた内容に理解や共感が得られた場合、さらにその喜びもひとしおです。
聞き手に「そうだよね」と共感してもらえただけで、意欲がかき立てられたり、顔色まで良くなって生活に勢いが出てくることまであります。
逆に一所懸命話したことがうまく伝わらなかったり、伝わっても共感が得られなかったり、否定されたりするとそれだけでガックリとやる気をなくすようこともあります。
それどころか聞いている相手が忙しくて他のことを考えていたり、聞き終わる前から自分の意見を言い始めたりするようなことも日常生活ではよく目にする光景です。
こうなってしまうと話す前よりもかえってイライラしたり、元気がなくなったりしてしまいます。
今ここに書いたような「話すこと」「聞くこと」にまつわるいろいろな経験は、誰もが味わったことがあるのではないでしょうか。
いろいろなカウンセリング
先に挙げたいくつかの例からもわかることは、「聞く」という行為にはプラス、マイナスを含めたさまざまな可能性と人を動かしていく力があるように思われます。
そして、この「聞くことのプラスの可能性」にかけて積極的に、援助的に活用していく目的で発達してきた心理技法が「カウンセリング」です。
ただし「心理学」には多くの学派があり、一口にカウンセリングと言ってもその解釈や定義、用法は心理学という一つの学問分野の中でも統一されていません。
例えばフロイト、ユング、アドラーといった心理学者(心理療法家)の名前を聞いたことがある人は多いと思います。実は彼らの理論は全てまちまちで、心理学という学問分野の中での一貫性はありません。
普通の科学の分野では、新しい学説が出ると前のものと比較して、どちらが「真実」なのかを究明し、間違っているものは消え去り正解は常に一つなのです。
その点心理学というのは上記の考えに照らしてみても、そもそも科学に類するものなのか否か、という議論にいまだに決着がついていない分野なのです。
先に挙げたそれぞれの人物もフロイト派、ユング派…といったように自分なりの臨床経験に加えて、自分自身が心の危機的状況を乗り越えてきた経験に基づいて、「このようにカウンセリングを行うといいのでは…?」と常に試行錯誤をしながら各派がそれぞれに枝分かれし発展してきたのです。
このようにいろいろあるカウンセリングの技法の中でも、特に有名なのがカール・ロジャースの提唱した来談者中心療法といわれるものです。
2020/08/28