ご挨拶と自己紹介

せい氣院 院長の朝比奈と申します。当院は整体指導者のわたしと、そしてブログ・ホームページはwebデザイナーの妻に作ってもらい、二人で運営しています。ちなみに子どもは小さな男の子が一人、子育て中です。

このページにはもう少し詳しいわたしの略歴などを書かせていただきます。心理カウンセリングや整体指導を受けることで身心が変化していくかどうかは、わたしの考え方や価値観にあなたがどれくらい共感していただけるか、ということも大切な要素だと思っているからです。

それにしても書きあがって見たらかなり長い文章になってしまいましたので、もし興味を持ってくださったらお時間のあるときにお読みください。あなたが来院を検討される際に、少しでも参考になれば嬉しく思います。

整体入門の前に空手入門

私は小さな頃は家の中でよく絵を画いて遊んでいるような、大人しい子どもでした。明るくひょうきんでしたが、スポーツや運動はどちらかというと苦手でした。なので今になってこんな風にみなさんのお体のことや健康に携わる仕事をしていることをときどき不思議に感じます。

幼稚園、小学校から中学校までよく言えば物静かな文化系です。そもそも生まれたときから保育器に入るかどうかすれすれというほど体重が軽かったらしく、いわゆる「もやしっ子」の典型みたいでしたので高校生の時に発奮して「つよく、男らしくなろう」と思い近所で空手を習いはじめました。

思えばここから「心と体」を探究する人生がはじまったと思います。

その時の道場の先生(師範)は厳しかったですが、武道家らしい一本気な人格者というイメージでした。その先生の普段の言葉や立ち振る舞いから子供なりに、人には人の生きる「道」がある、ということを何となく肌で感じていました。今にして思うと多感な思春期の男児にとっては、いい経験だったと思っています。

全関東大会の型演武 前列向かって左がわたし

大学になって3・4年次には支部道場の指導員を務めさせていただきました。しかしある試合で膝に大きな怪我を負ってしまい「空手で強くなって自信を持つ」という当初の目標は達成することはできませんでした。それでも、はげしい実践空手の道場で体験した「心と体」にまつわるいろいろな出来事は、現在の仕事に大いに活かされていると思います。

「心」を知りたかった青年期

大学は文学部(英米文学科)に所属していました。でも不真面目な学生だったわたしは文学を勉強した記憶はあまりないです。むしろ当時から気の向くままに身体論や心理学関係の本を読み耽っていたのを覚えています(今はおくれればせながら、心理臨床のために小説など文藝作品に触れるように心掛けています)。

エーリッヒ・フロムの『愛するということ』『自由からの逃走』とかM・スコット・ペックの『愛と心理療法』などを読んで、自分の心の動向や人間の幸せについて考えている時間がとても好きでした。

心理学の本を読む度に、いつかは自分も「心の師」に巡り合って分析や治療を受けてみたい、とぼんやり考えるようになっていました。思えばこの頃から自分の中に何か漠然とした「問題」を感じていたのかもしれません。その要求が後に野口整体の指導者に出会う契機にもなったと思っています。

武道の本で野口整体と出会う

大学卒業を期に空手の道場を辞め、一般企業に入社して働きました。その当時の感覚としては自分がなかなか思ったようには生きられず、かといって明確な理想も持てず、大切な人生を何に費やしていいのかさっぱりわからないまま何かに流されるように、それほど楽しくもなければ辛くもない生活を送っていました。

そんな折、28歳のときにたまたま手にした武道関連の書籍を通じて「野口整体」という名称をはじめて目にしました。この野口整体をはじめられた野口晴哉(はるちか)先生(1911-1976)という方は今風にいう、ただの「整体師」ではありません。大正、昭和を通じて活躍された天才的な治療者であると同時に、心と体の教育者です。

そこで今度は野口先生ご自身の書かれた本を買って読んでみたのです。そうするとまず「発熱も下痢もみんな〈いのち〉の自然良能であるから、病気を心配し過ぎることはない」と書いてあります。そして身体は精神によって創られており、「人生は自分の要求を果すためにある。思い浮かんだことは何でも行動してみるべきである。」といった調子で、気がつけが夢中で何冊も買ってはつぎつぎと読んでいきました。そしてどこからともなく、「自分の人生を生きよう」という意欲と情熱が沸いてきたのを覚えています。

これはしばらく後になって判ったことですが、野口先生はお若いころ催眠術の勉強もされていたので、人の心を知らない間に元気な方向へと導く名人だったのです(これを潜在意識教育といいます)。ですからご自身が出版される書籍にはすべて巧妙に(意識を通りこして無意識を変えてしまうように)、人間を自然と明るく健康な心にしてしまうような言葉を並べて書かれているのです。

これに関連していえば野口先生の奥様、野口昭子夫人の著書でも次のように綴られています。

「人間というのは、意識にいくら納得させても、体は変わらない。一方向に凝り固まった心の角度をちょっと変えると、心も体もすっと変わってくる」というのが、先生独特の潜在意識教育法であり、またそこに技術があった。(野口昭子著『回想の野口晴哉』ちくま文庫 p.321)

こうなると是非ともこの野口整体をやってみたいと思いましたが、残念なことに明治生まれの野口先生は私がこの世に生まれた年の一年前(1976年)に鬼籍に入られていました。そこで野口整体を正しく継承し現役で活動されている整体指導者を探して連絡を取り、野口整体の個人指導を受け始めることにしたのです。

野口整体では施術と言わずに「指導」といいます。病気や怪我を誰かが治療するのではなく、その人が自分で健康を保てる心と体に導くことが目的だからです。

「わかる」人に出会えた – 野口整体に入門

初めての個人指導を迎えた日、先生は緊張するわたしの話をよく聞いてくださったあと身体を20分ほどかけて丁寧に観察されました。そしておもむろにわたしの半生で苦労したことや今の私生活で感じているストレスをすべて言い当てられました。

背骨にはその人の体験してきた「人生」がすべて現れている、ということを後で知るのですが、そのときは大変なおどろきでした。人間の心をここまで理解して大事にする世界があることを知った感動と、大学生のときに思い描いていた「心の師」に出会えた喜びが合わさり、そのとき静かに胸を高鳴らせていたのです。

また同時に、何かこの方向に進んで行けば自分の求めている「生き方」が見つかるのではないか、と考えていました。

整体を受け始めて2年ほど経ったときに「これはやっぱり普通の整体ではない。この思想と技術を自分が学んで後世に残さなければ人類にとって大変な損失になる‥。」と思うようになり、その先生に弟子入りをお願いして整体の基本、心構えから学びはじめました。電車で片道2時間の距離でしたが、通算で10年(弟子としては4年)ほど先生のもとには通いました。

先生のもとに2年ほど通って一通り、「ごく初歩的なことがわかった」という段階で自分の勉強したことを早く役立てたいと思い、会社を辞めてそのとき住んでいた自宅アパートで開業届を出しました。2009年9月末のことです。大家さんが理解のある人でいろいろ手助けしてくださり、その他いろいろな面でみなさんの助力を賜り本当に恵まれていたと思います。

妻と出会いました

ちなみに開業して一番よかったことは、現在のわたしのよき理解者であり協力者である妻に出会えたことです。これだけでも野口整体をやって本当に良かったと思っています。

最初は腰を痛めたことをきっかけにわたしの整体を一度受けに来たのですが、今でもそのときはとても気持ちが良く、その場でかなり改善したので大変おどろいたと言ってくれます。

以来わたしと一緒に野口整体と心の世界の旅路をずっと続けてくれています。

実はわたしは整体に出会うまでは女の人と話すことが苦手だったのですが、現在のせい氣院は90%以上女性のお客様に支えられています。こんなことからも人の運命というのは本当にわからないものだと思っています。

心が変われば体は変わり、病気も治る‥けれども

さて小さいながらも自分の指導室を構えて、お越しいただいた方の身体をみはじめると、いろいろなことが実体験としてわかってきます。何より痛感したのは、人間の体はまぎれもなく心が支配しているのだ、という事実です。

人の病気にはいろいろな症状がありますが、それこそ肩こりから腰痛、胃潰瘍、そしてガンに至るまですべて心理が深くかかわっています。

現代では「ストレスからくる病気」という言葉がすっかり定着していますが、実際問題、心のストレスが関与していない体の病気など一つもないのです。野口先生はこのことを非常に強調しておられます。講義録や著書の中で何回も心と体は同じ一つのものであると説いています。「つながっている」のではなく、同じものなのです。

つまり身体の異常や痛みというのは、見えない心の苦しみが病気となって表現されたものなのです。ですから心(潜在意識)が変われば体は必ず治るのですが、そう簡単に自分の人格や感受性が変われるなら誰も人生の苦労などしないでしょう。

人生に困難はつきものですが人間にとっては何よりもこの、「心が変わる」、いわゆる改心ということが非常にむずかしいですね。実際に自分が整体指導を受けてみた経験からも言えますが、人間の感受性や人格というものはなかなか変わらないものです。

ですから人を良い方向に導くためには、それなりの情熱と根気、そして時間が必要です

そういうことがまるで分らなかったわたしは、特に開業当初は「早くよくしよう」と成果を焦りかえって上手くいかないことも多かったと思います。

そして、もっとじっくり腰を据えてご相談に来られた方と向き合い、落ち着いた心と心で取り組むための「器づくり」を目標に、先生のもとでさらに整体指導を受けながら勉強会にも熱心に参加するようになりました。

心と体が変わり始めた

やがて本当に少しづつですが、まず自分自身に変化を感じるようになりました。整体に出会って1年、3年、5年さらに10年と過ごすうちに、前の自分と比べるとやっぱりどこかは変わっているのです。以前と余り変わってないのにどこか違っている、そんなわずかな変化に一喜一憂しながら今日まで整体と人間の探究を続けて来られたのも、「こころ」という広くて深い世界に、大きな可能性を感じていたからだと思います。

そうこうするうちに「無意識」という自分でもよくわからないこころの領域には素晴らしい治癒力が備わっているということが体験的に、だんだんとわかってきました。

これは実は野口整体だけでなく、ユング心理学の考え方を知ったことで理解できたことです。もとは日本にユング派のカウンセリングや箱庭療法などを定着させた、河合隼雄先生(1928-2007)の著書がきっかけだったのですが、こころの深層には自分自身でいろいろな悩みや問題を乗り越えて、自分を癒し成長させてくれる力があるということが書かれていました。そのことをわたしの場合は、野口整体を通して自分なりに理解することができました。

人間は病気をしてもどこかを傷めても、本来は自分の力でよくなるようにできています。何か特別なことをしなくても、自分らしく元気に動けるように生まれているのです。

ですからその自然の力が素直に現れるように体を整えて、心を安らかにすることが「治療」の根本である、と野口整体は考えています。偶然ですが心理学者であるユングの学説も、これに非常に似ていることにつよい興味を覚えました。

ユング心理学で自分を受け入れた

そこで今度は「ユング派のカウンセリングを受けてみよう」と思いたち、河合先生の心理学に詳しいカウンセラーを見つけて分析を受けはじめました。はじめてカウンセリングというものを受けてみて新鮮に感じたのは、カウンセラーというのは「心の治癒」を目的としてクライエントと時間をともにするのに、具体的には「ほとんど何もしない」ということです。

何もしないで、ただひたすらこちらの話を肯定的に聞いて、時間がきて帰るころになる頃には無言の態度でそっと応援してくれるのです。特にわたしがお世話になったカウンセラーはその傾向がつよかったと思います。

カウンセリングを受け始めて2年くらいたったときに、思春期の頃にわたしの感受性を大きく方向づけた出来事を思い出す経験をしました。詳しいことはここに書きませんけれども、これはわたし個人にとって本当に大きな気づきでした。そのため、カウンセリングの有用性を深く理解しましたのもこのときです。本当にちょっとした2、3の記憶だったのですが、その引っ掛かりに気づいたことで本当の自分の人生を生きるためのスタート地点に立てた気がしたのです。

野口整体とユング心理学、2つ視点

野口整体というのは「整体指導」という言葉からもわかるようにある種の厳しさをともなう父性的な面があります。父性的というのは「こういうところがいけない、だからこのように心と体の癖を修正しなさい」と積極的にイニシアチブを取って、クライエントの問題点を明らかにして修正するように導いていくのです。

このような方法は、本当にどうしていいかわからない難題に直面して弱っている人や、今の自分では判断しかねるような緊急事態にある人には大きな助けになります。ですがそれはわるくすれば「腕の良い〇〇先生に診てもらっているから大丈夫なんだ」「先生の言う通りにしていれば間違いないんだ」という依存の心に流れてしまう場合もあります。そのせいかはわかりませんが、野口整体の先生というのは立派な風格とカリスマ性を備えた人物が多いのも特徴です。

ちなみに元祖の野口先生の場合はというと、圧倒的な「氣」の力に加えて霊感まで備えていた人物と言われていますので、ご本人が望む望まないにかかわらず、どうしても寄り掛かりたくなる信奉者が後を絶たなかったようです。

ご自身は「自分の健康は自分で保つ」という自立した健康生活をみんなに説いておられたのですが、皮肉なことにその人並はずれた力量が災いして、そのように導くことにかえって苦労をなさっていたようです。

さて、これとは対照的にユング派の心理カウンセリング、カウンセラーというのはまずクライエントの考え方や思いをすべて肯定的に受け入れます。いわばクライエントに対して全面的に味方をして、やさしく包みこむお母さんのような態度です。

そうすることでクライエントは「わたしはこう考えている‥、けれどもなぜこんなに苦しいんだろう?この病気が治るためには今までとは違う考え方や生き方に変わる必要があるのではないか?」と自分で自分の欠点や問題点を見つめて自分の力で立ち直り治っていくことができるのです。

そのためにカウンセラーというのは「カリスマ性」というものを特に問題視して、できるだけ権威を遠ざけるように振る舞うのが常なのです。特定の人物や集団に依存的になってようやく生きているようでは、自立した健康生活は成り立ちませんから。

これはどちらが正しいとか優れている、という話ではありません。子どもが大きくなるためには、間違っていることをはっきりと指摘し、正しきに導いてくれるお父さんと、善悪を超えて自分の存在全てを肯定的に包み込んでくれるお母さんの役割が必要なことはご承知の通りです。

どちらの態度がより適しているかはそのときのクライエントの状態次第です。ですがこのような2つの視点と技法を知ったことで、心の悩みや体の症状をより立体的に捉えて対処できるようになったことは、その後の仕事において良い意味で幅と深さをもたらしてくれました。

人は最初から治るようにできている

このように野口整体とユング心理学は異なる態度でクライエントに接しますが、先にも述べたように生命に対する揺るぎない信頼という点ではやはり同じ視点を持っています。

つまり生きているうちは本当は何もしなくても治るのです。だからこそみんないろいろな問題事や悩み事を抱えながらも、ほとんどの人が整体やカウンセリングのお世話にならずにちゃんと治って生活しています。

ただ難病や慢性痛などを患う一部の人たちがそうならないのは、その人がパターン化した負の思考や一定の価値観に偏った問題行動を断ち切れないからなのです。

ですから、治るのを邪魔している「何か」に気づかせ、やめさせることができれば治療の9割りは成功したとも言えます。ですがこれがまた、なかなかにむずかしい。早い人でも3~4年、長い人はそれ以上の歳月をかけて、自分の心の問題に気づき、根気よく自分の作り変えをしていくのが一般的です。

そしてもっとも大切なのは「問題点に自分で気づくこと」なのです。仮に誰かに問題を指摘されたとしても、多くの人は無意識に「なにお!」と反発してしまいます。またそうした苦言を謙虚に受け入れたとしても、感情を伴って本当に自分を深く理解することには及びません。「言われたから、そうなんだ」と思っただけでは、本当の「気づき」と同じ効果は得られないのです。

そのために優れた治療者になるほど、クライエントの気づきが起こりやすいように、心を静めて内省しやすい環境を提供し、「その時」を待ち続けるのです。ちなみに先ほど紹介した河合先生などは、ご自身の臨床スタイルを「何もしないことに全力をかける」という風に表現されていたそうです。

ともに心を癒し成長していく

実際には、本当に辛くて希望の見えないような病状にある人が癒され立ち直っていくときには、治療者もそのクライエントと同じ目線になって一緒に難題を乗り越えて行かなければなりません。

そのような大変な体の治癒と心の成長の過程にあっても、真の治療者のやることは生命のもつ自然治癒の力を信じて、一緒に心を静めて「待つ」ことなのです。

そこが多くの治療法-中でもすぐに「結果」の出る科学的医療-と野口整体やユング心理学が異なる大変な所でもあるのです。でもその反面、整体の一番のすばらしさもこの「待つ」という単純な行為を「技術」にまで高めたということに尽きると思います。

自分の健康は自分で保つ、そして「よりよく生きる」

何故ならこのようにして自分の力で乗り越えた経験は、生涯失われない自信となりますし、また「本当のその人らしい生き方」を開花させるための貴重な「個性化(自己実現)」の種にもなるからです。

「個性化」とはユング心理学の用語で、人間の中に眠っている可能性を実現させることで、人格の成長を目指し変化しつづける心の成長プロセスを意味します。

これを健康ということに当てはめると、ただ病気さえなくなればいいという方向ではなく、病症や苦悩の体験を通じて自分の心の問題に光を当て、より質の高い生活と自分らしい生き方を拓いていこうという考え方です。

何年にも渡って心身の不調に悩まされているような人は、この「個性化」や「自己実現」に向けて心が身体に何かを訴えかけているのではないか?と考えて、その症状をじっと見つめてみることが大切だとわたしは思います。

それだけでなく最近は、病気は闘う相手ではなく、その言い分をよく聴いて友達になるのが本当なのではないかと、考えるようになりました。そうすることで、何をしても治らなかった病気が実は自分をよく生きる道へと導く、「たましい」からのメッセージだったことに気づくかもしれません。

もちろんこれは自然科学ではなく、きわめて個人的な価値観であり、考え方ですから信じるか信じないかは自由です。それでもあなたの身体の症状は、本当とうのところあなたに何を伝えようとしているのでしょうか。その答えは、身体をリラックスさせて意識をポカンと休めていると、ふいに無意識の方から答えがやってくるようにわたしには思えるのです。

最後に

人生につまずいてクタクタになった心を少し休ませたい方、また日常を離れて自分の本心と静かに向き合いたい方、そしてここ一番で活力が欲しいという方などせい氣院にお越しになる方の要望はさまざまです。

そんな目の前のクライエントさんのいまの気持ちや体力に見合った対話がしっかりとできるように、現在のわたしはできるだけやわらかく自由な自分でいられるようにを心がけて日々仕事に臨んでいます。

ここまでお読みいただいてありがとうございました。こんな風にわたし自身が遠回り、回り道をかさねながら、自分の心と体の問題に少しずつでも気づき深層意識の理解を深めてきた経験を、これからご自分の心と体の探求を始めようとする皆様のために少しでも役立てることができれ嬉しいかぎりです。

あなたの身体はいまあなたに何を伝えようとしているのか、その声を一緒に聞ける日があれば、是非わたしにサポートさせていただきたいと思います。